この記事でわかること
- 本人確認は、まず「どの法律が誰に義務を課すか」から確かめる
- 高い水準の確認は、根拠の法律が自社に当てはまるか見て選ぶ
- 義務でない確認は、運営が基準額を決められる判断として扱う
高額な品物を扱うサービスを作るとき、利用者の本人確認はどこまで行えばよいのでしょうか。「念のため全員に厳しく」とすれば安心に見えますが、確認の水準を上げるほど、サービスの費用も利用者の手間も増えます。必要以上の水準を選ぶと、大きな初期費用を払ったうえに、利用者を入口で遠ざけることになりかねません。
私たちは、コレクターズアイテムのオークションを運営する企業様から受託したオークションサイトの新規開発(現在はリリース準備中)で、法律で義務になっている確認と、運営の判断で行う確認を分けて整理しました。その結果、初期費用が約70万円かかる高水準の本人確認サービスは本件では求められないと整理し、初期費用0円のサービスを選んでいます。
この記事では、その整理を根拠に、本人確認の範囲を決めるときの考え方を書きます。ここに書く法律の結論は、すべてこの案件の事実関係に対するものです。
本人確認は、まず「誰に義務があるか」から確かめる
本人確認の要否は、「高額だから」「念のため」といった感覚ではなく、どの法律が誰に何を求めているかから確かめます。
本件のお客様は古物商の許可を持ち、出品者から品物の販売を任されて売ります。2026年6月16日に、警察庁や都道府県警察の資料などの一次情報にあたって調べた結果、古物営業法の本人確認の義務は、古物を売る側(本件では品物を預ける出品者)に対するもので、入札者・落札者(買う側)には及ばないと整理しました。6月18日には、条文に「売却の委託を受けようとするとき」が明記されていることも確かめています。
義務の範囲には、金額による例外もあります。調べた範囲では、取引の総額が1万円未満なら、相手方の確認は原則として不要とされています。ただ、本件は高額なトレーディングカードが中心で、ほとんどの取引が1万円以上になります。そこで例外に頼らず、出品者は全員確認する前提で設計しました。義務の範囲を確かめるときは、例外があるかどうかと、それが自分の事業で実際に効くかどうかを分けて見ます。
出品者の確認には、スマートフォンで顔と身分証を撮影して照合する方式を使います。この方式が法律の定める確認方法に合うかは、弁護士に書面で確認していただき、9月17日付の報告書で「条件つきで合う」との回答を受けました。条件の1つが撮影した画像を保存することで、画像は持たない方針にしていましたが、この条件に合わせて運営側で保存する作りに改めています。
高額な確認の水準は、根拠の法律を確かめてから選ぶ
本人確認のサービスには、犯罪収益移転防止法の「取引時確認」という厳しい確認に対応する水準のものがあります。本件で比べた候補の中にも、初期費用だけで約70万円かかるものがありました。
そこで、契約するサービスを決める前に、この水準の確認が本件で求められるかを確かめました。調べた結果、古物商がこの法律の確認の義務を負うのは、金・プラチナ・銀・宝石とその製品といった「貴金属等」を扱い、現金で200万円を超える取引をする場合に限られます。トレーディングカードなどのコレクターズアイテムは貴金属等に含まれないため、本件では求められないと整理しました。
出典:オークションサイト 開発記録(2026年6月16日の調査・7月9日の選定)
ただし、安さだけで選んではいません。初期費用のかからない候補の中でも、古物営業法が定める確認方法に対応できないものは採用を見送り、対応できるサービスに決めました(7月9日)。また、将来、金貨や宝飾品などの貴金属等を扱い始めた場合は、この整理をやり直す必要があることも記録に残しています。
義務でない確認は、運営が基準を決められる
入札者の本人確認は、本件では法律上の義務ではありません。6月の調査の時点では、それを踏まえて「原則は求めず、高額のときだけ任意で上乗せする」形を推奨としてお伝えしていました。
これに対しお客様は、7月6日のご回答で「落札見込み100万円以上の入札は本人確認を必須にしたい」と判断されました。100万円という基準額は6月5日の打ち合わせで決まっていたもので、それを「必須」とすることが、このとき確定しました。義務ではないことをお伝えしたうえでの、お客様の判断です。
判定には、その時点の価格ではなく、入札者が入力した上限額を使います。今の価格がまだ低くても、100万円以上の上限額を入れる時点で本人確認が要ります。本人確認が済んでいない人の、この金額以上の入札は受け付けません。
- 1入札者が上限額を入力する
- 2上限額が100万円以上かを確かめる
- 3100万円以上なら、本人確認が済んでいるかを確かめる
- 4済んでいなければ、その入札は受け付けない
出典:オークションサイト 開発記録(2026年7月7日、お客様のご回答を受けて確定)
設計書や仕様書でも、この確認は「法律上の義務」ではなく「運営の判断による自主的な対策」と書き分けています。義務でない部分は運営の判断なので、どの金額から求めるかを、事業の状況に合わせて運営が決められます。
義務と判断を混ぜると、費用が義務の水準を超えて膨らむ
義務の部分は、法律が定める方法で確実に行う必要があります。一方、義務でない部分は、費用や利用者の手間と見比べて決められます。
両者を混ぜたまま「念のため全部厳しく」とすると、費用も手間も、義務の水準を超えて膨らみます。本件で約70万円の初期費用を避けられたのは、義務の範囲を先に確かめたからです。逆に、出品者の確認のように義務がある部分は、専門家の確認で条件が示されれば、その条件に合わせて作りを改めます。
発注するときに役立つ3つのこと
「法律で必要」と「念のため」を分けて聞く
本人確認や記録の保存などの対策を提案されたら、「これは法律で必要なものですか、念のためのものですか」と聞いてください。法律で必要なら根拠の条文を、念のためなら費用と効果を、それぞれ確かめられます。
費用の大きい対策ほど、根拠の法律を確かめる
初期費用や月額の大きい対策ほど、それを求める法律が自社の事業に本当に当てはまるかを、契約の前に確かめてください。扱う品物や取引の形が少し違うだけで、求められる水準が変わることがあります。
専門家の確認で、前提が変わる余地を残す
本件でも、撮影画像を持たない方針は、弁護士の確認を受けて保存する方針に変わりました。仕組みを確定させる前に専門家の確認を置き、結論が変わった場合にどこを直すかを見込んでおくと、手戻りを小さくできます。





